2-1-1. 殺人

問題 A
尊属殺

尊属を対象とする加重規定および家族と平等に関する最高裁判所の判例の趣旨に照らして,次のアからウまでの各記述について,それぞれ正しい場合には1を,誤っている場合には2を選びなさい。

最高裁判所は,尊属に対する敬愛・感謝を基本道徳とし,それを保護するために尊属に対する犯罪を一般より重く処罰する差別自体は合憲であり,卑属が,責むべきところのない尊属を理由なく殺害した場合にはいささかも仮借すべきではないとした。

最高裁判所は,立法目的が正当であっても手段が不当であれば違憲となるとしたため,仮に尊属を殺害した者に対する刑を加重する新規定を設ける場合であっても,普通殺人に比べて合理的な範囲に抑えた加重規定であれば,手段が著しく不均衡とは言えないため,直ちに違憲とはいえないことになる。

最高裁判所は尊属殺における重罰規定が違憲となるべき判決を下したため,m後に同条は刑法から削除され,これに伴い尊属に対する傷害致死罪などの他のすべての尊属加重規定についても,その法定刑が重きに失していると判断される場合には現行刑法が口語化される以前にすべて無効化されていた。

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(答)
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問題 B
尊属殺

尊属殺重罰規定(旧刑法200条)の違憲性や,憲法第14条1項の平等原則に関する次のアからウまでの各記述について,bの見解がaの見解の批判となっている場合には1を,そうでない場合には2を選びなさい。

a. 尊属殺を重く処罰することは,伝統的な親族関係における家族道徳や秩序を維持するために合理的な目的があり,どのような法定刑を設けるかは立法府の広範な裁量に委ねられている。

b. 平等原則の審査においては,差別を設ける「立法目的の正当性」だけでなく,それを達成するための「手段の合理性・必要性」も厳格に審査されるべきであり,目的が正当であっても手段が過酷すぎる差別は許容されない。

a. 憲法第14条1項の「社会的身分」には,出生によって決定される尊属・卑属という血縁・親族関係も含まれるため,尊属と卑属を理由とする一切の加重規定は,その手段にかかわらず当然に違憲・無効となる。

b. 尊属に対する敬愛や感謝の情誼は社会の基本道徳であり,尊属を特に保護するための差別自体を設けることは,目的の観点からは不合理とはいえず,個人の尊厳を基本とする憲法の要請とも調和し得る。

a. 判例(最大判昭48.4.4)が刑法200条(現在は削除)を違憲としたのは,その法定刑(死刑・無期懲役のみ)があまりにも過酷で執行猶予の余地がないという不均衡さに起因するものである。

b. 判例に従えば,尊属殺について一般の殺人罪(刑法199条)よりも適度に加重された別の罪刑規定を新たに立法することは,その加重の程度が著しく不均衡でない限り,直ちに憲法第14条1項には違反しない。

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ア aは,立法目的(家族道徳の維持)の合理性のみをもって,法定刑の決定を含む差別処遇全体が立法府の裁量に委ねられ合憲であると主張している。これに対し,bは,目的が正当であっても手段が不当であれば平等原則に違反すると主張しており,aの「立法目的の正当性のみで合憲と結論づける論理」に対する直接的な批判となっている。

(答)

1(批判となっている)

イ aは,尊属・卑属を理由とする加重規定は手段を問わず「一切無効(当然違憲)」であると主張している。これに対し,bは,尊属保護という目的それ自体は新憲法とも調和し得ると主張しており,aの「いかなる手段であっても一切無効とする絶対的違憲論」への批判となっている。

(答)

1(批判となっている)

ウ aは,判例が刑法200条(現在は削除)を違憲とした「理由」が法定刑の著しい過酷さ(不均衡)にあると説明する。bは,その判例の論理を前提とすれば「著しく不均衡でない適度な加重規定であれば合憲となり得る」という,aの前提から自然に導かれる射程を述べている。したがって,bはaの批判ではなく,同調・展開する見解にすぎない。

(答)

2(批判となっていない)

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問題 C
尊属殺

憲法第14条1項の平等原則に関する次のアからウまでの各記述について,正しいものには○,誤っているものには×を付した場合の組合せを,後記1から8までの中から選びなさい。

最高裁判所は,尊属に対する敬愛や感謝といった情誼を維持・尊重する目的について,子の親に対する道徳的義務をことさら重要視することを以て,直ちに封建的,反民主主義的思想に胚胎するものとはいえず,夫婦,親子,兄弟等の関係を支配する道徳は,人倫の大本,古今東西を問わず承認せられているところの人類普遍の道徳原理,すなわち学説上所謂自然法に属するものと解している。

最高裁判所は,尊属殺につき有罪とされた卑属に対して刑を言い渡すべきときには,処断刑の下限は懲役3年6月を下らず,いかに酌量すべき情状があろうとも法律上刑の執行を猶予することはできないことは,尊属に対する敬愛や報恩という自然的情愛ないし普遍的倫理の維持尊重の観点のみをもってしては,これにつき十分納得すべき説明がつきかね,合理的根拠に基づく差別的取扱いとして正当化することは到底できないとした。

最高裁判所は,道義的感情を著しく損するに値する直系尊属との関係に本来の親子関係と同様な重罰規定を適用すべき合理的根拠はなく,戸籍上親子関係が存続する場合でも,この一事をもって,直系尊属との関係に尊属殺の適用があると解するのは,同条のよって立つ本義にそぐわないというそしりを免れないとし,尊属殺を違憲無効としてもなお普通殺をもって処断することができ,必要あるときには親族関係を情状として考慮し得るとした。

  1. ア○ イ○ ウ○
  2. ア○ イ○ ウ×
  3. ア○ イ× ウ○
  4. ア○ イ× ウ×
  5. ア× イ○ ウ○
  6. ア× イ○ ウ×
  7. ア× イ× ウ○
  8. ア× イ× ウ×
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(答)
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問題 D
尊属殺

次の見解は,憲法第14条1項の平等原則に関する違憲審査の在り方について論じたものである。この見解に関する次のアからウまでの各記述について,それぞれ正しい場合には1を,誤っている場合には2を選びなさい。

「憲法第14条1項の法の下の平等の審査において,一般に立法目的や手段の審査には立法府の合理的な裁量が認められるべきであるが,家族秩序や道徳といった伝統的な身分関係に基づく区別については,それが合理的であるか否かをより厳格な基準によって審査されるべきである。なぜなら,親族関係や出生等の身分は本人の意思や努力では選択できない属性であり,これに基づく不利益な差別は,個人の尊厳を基本とする民主主義社会において司法が特に厳格に保護すべき領域だからである。」

この見解によれば,国家が家族間の敬愛・道徳を法的に保護することの正当性についても,立法府の裁量を広く認めて安易に肯定すべきではなく,その目的自体が本当に正当かつ必要不可欠であるかを厳格に吟味すべきことになる。

この見解は,立法目的についてそれ自体を直ちに不合理ということはできないとして広く立法府の裁量を認め,目的それ自体は合憲とする審査方法を維持するものである。

この見解によって,子の親に対する倫理を法律上一律に求めることがその目的において憲法に反するとするならば,これを情状として刑の量定の際に斟酌して判決することもその違憲性において変わりはない。

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ア 見解では,家族秩序や道徳といった伝統的な身分関係に基づく区別について,立法府の裁量を認めるのではなく,より厳格な基準によって審査されるべきとしている。そのため,家族間の敬愛や道徳を保護するという目的の正当性についても,立法府の裁量を広く認めて安易に肯定するのではなく,その目的が本当に正当で不可欠なものであるかを厳格に吟味することになる。

(答)
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問題 E
尊属殺

次の見解は,憲法第14条1項の平等原則に関する違憲審査の在り方について論じたものである。この見解に関する次のアからウまでの各記述について,それぞれ正しい場合には1を,誤っている場合には2を選びなさい。

「憲法第14条1項の法の下の平等の審査において,一般に立法目的や手段の審査には立法府の合理的な裁量が認められるべきであるが,家族秩序や道徳といった伝統的な身分関係に基づく区別については,それが合理的であるか否かをより厳格な基準によって審査されるべきである。なぜなら,親族関係や出生等の身分は本人の意思や努力では選択できない属性であり,これに基づく不利益な差別は,個人の尊厳を基本とする民主主義社会において司法が特に厳格に保護すべき領域だからである。」

この見解によれば,国家が家族間の敬愛・道徳を法的に保護することの正当性についても,立法府の裁量を広く認めて安易に肯定すべきではなく,その目的自体が本当に正当かつ必要不可欠であるかを厳格に吟味すべきことになる。

この見解は,立法目的についてそれ自体を直ちに不合理ということはできないとして広く立法府の裁量を認め,目的それ自体は合憲とする審査方法を維持するものである。

この見解によって,子の親に対する倫理を法律上一律に求めることがその目的において憲法に反するとするならば,これを情状として刑の量定の際に斟酌して判決することもその違憲性において変わりはない。

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ア 見解では,家族秩序や道徳といった伝統的な身分関係に基づく区別について,立法府の裁量を認めるのではなく,より厳格な基準によって審査されるべきとしている。そのため,家族間の敬愛や道徳を保護するという目的の正当性についても,立法府の裁量を広く認めて安易に肯定するのではなく,その目的が本当に正当で不可欠なものであるかを厳格に吟味することになる。

(答)
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問題 F
加重罰

 特殊詐欺(親族,警察官,市区町村職員等になりすまして電話等で相手方を欺き,金銭を交付させる犯罪をいう。)による被害が,日本では長年にわたり社会問題となっている。警察庁の統計によれば,被害者の多くは満70歳以上の高齢者であり,加齢に伴う判断能力の低下により被害を受けやすいことに加え,被害に気付いた時には既に多額の金銭が交付された後であることが多く,被害回復が事実上困難であるという構造的な特徴があると指摘されてきた。こうした状況を踏まえ,国は,20**年,「高齢者特殊詐欺被害防止法」(以下「新法」という。)を制定した。

 新法の目的は,判断能力の低下等により被害を受けやすい高齢者を特殊詐欺から保護することにある。新法によれば,被害を防止するための措置には,金融機関による確認措置と,加害者に対する罰則の2種類がある。

 確認措置は,銀行その他の金融機関が,満70歳以上の顧客から現金50万円以上の払戻又はこれに相当する額の振込みの申出を受けたときに,当該顧客に対し,特殊詐欺に関する注意喚起の説明を行うとともに,あらかじめ当該顧客が登録した親族への連絡等による意思確認を行うというものである。顧客がこの確認に応じない場合,金融機関は,当該払戻又は振込みを一時的に保留することができる。金融機関の役職員が,確認措置を実施しないまま前記の払戻又は振込みに応じたときは,罰則の対象となる。判断能力の程度や生活状況等の個別事情は,確認措置の要否を判断するに当たり考慮されない。

 罰則は,親族,公務員その他の第三者になりすます方法により相手方を欺いて金銭を交付させた者について,刑法上の詐欺罪(10年以下の拘禁刑)よりも重い法定刑(15年以下の拘禁刑)によって処罰するというものである。ただし,欺かれて金銭を交付した者が満70歳に満たない者であるときは,この罰則の規定は適用されず,刑法上の詐欺罪によって処罰される。欺罔の手口や被害額の多寡は,罰則の適用の有無を左右しない。

 新法施行後,次の2つの事案が生じた。長年一人暮らしをしながら株式投資等の資産運用を自ら行い,判断能力に特段の問題のないP(満72歳)は,金融機関の窓口で現金200万円の払戻を申し出たが,確認措置としての親族への連絡等に応じることを拒んだため,金融機関は当該払戻を一時的に保留した。また,弁護士を名乗る者からの電話を信じ,自宅を訪れた受け子に継続的に現金を交付し,その総額が1億円に達したQ(満69歳)の事案では,加害者の検挙後,Qが被害時点で満70歳に満たなかったことを理由に,罰則の規定は適用されず,刑法上の詐欺罪のみが適用され,その常習性と金額の大きさ,信用を悪用した点などが考慮されて,詐欺罪の長期である拘禁刑10年が言い渡された。

 以下の⑴及び⑵の憲法適合性について,あなた自身の見解を述べなさい。その際,参考とすべき判例に言及し,自己の見解と異なる立場を踏まえつつ論じること。

〔設問〕

⑴ Pが確認措置に応じなかったことを理由に,金融機関がPへの払戻を一時的に保留したこと

⑵ Qが満70歳に満たないことを理由に,加害者に罰則の規定が適用されず,詐欺罪の法定刑の長期が適用されたこと

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第1 ⑴について

1 新法に基づき,金融機関がPへの払戻を一時的に保留した措置は,憲法29条1項及び同法13条を侵害し,違憲ではないか。

2 ⑴ 自己の預金について払戻しを求める権利は,預金契約上の債権であると同時に,その行使を通じて自己の財産を自由に処分するという経済活動の基礎をなすものであって,憲法29条1項により保障される。また,意思能力を十分に有する場合に,誰の関与も受けずに自己の財産の使途を決定する自由は,個人の人格的自律に関わる利益として,憲法13条後段の幸福追求権の一内容をなす自己決定権により保障されると解すべきである(京都府学連事件・最大判昭和44年12月24日)。

  ⑵ もっとも,森林法共有林分割制限違憲判決(最大判昭和62年4月22日)も指摘する通り,同法29条2項により,財産権は公共の福祉による制約を当然に受ける。もっとも同判決は,共有物分割請求権という財産権の内容形成に関する規制の合憲性が問題となった事案であり,本件のように既に発生している債権(払戻請求権)の行使を一時的に制約する規制とは,性質を異にしつつも,公共の福祉による財産権制約の許容性という点では共通する。

  ⑶ 財産権に対する規制の合憲性は,規制目的が積極目的(社会経済政策目的)か消極目的(弊害防止目的)かに応じて審査密度を異にすべきであるとする学説上の整理(小売市場距離制限事件・最大判昭和47年11月22日,薬事法距離制限違憲判決・最大判昭和50年4月30日)が,国民の経済活動の自由を規制するという共通の性質から財産権規制の場面にも適用しうる。本件規制は,特殊詐欺による財産的被害の発生を未然に防止するという消極目的規制としての性格を有するから,薬事法違憲判決が示すとおり,単に著しく不合理であることが明白な場合に限り違憲とする緩やかな審査(小売市場判決型)によるべきではなく,規制の必要性・合理性,及びより緩やかな規制手段の有無について,実質的な審査を行うべきである。

  ⑷ 本件規制は,新法という法律に基づいて形式的に行われているものの,行為能力者の意思に反してまで財産処分を制約するという点で,自己決定権に対する一律の制約という性質を併せ持ち,個人の人格的自律の中核に関わるものであるため,財産権の行使制約以上に慎重な審査を要する。したがって,新法の憲法適合性は,①規制目的が重要な公共の利益(社会的理由)に合致するか,②規制手段が当該目的の達成のために必要かつ合理的なものであるか(より制限的でない他の手段の有無を含む)という二段階の枠組みにより,実質的な審査をもって判断すべきである。

3 ⑴ まず,新法及びこれに基づく確認措置の目的について検討する。新法は,判断能力の低下等により特殊詐欺の被害を受けやすい高齢者について,被害が現実化する前の段階で介入し,財産的被害を未然に防止することを目的とする。

  ⑵ 通常の詐欺は,主として労働者階級を対象とし,個人の個別的な財産的利益を侵害するにとどまるのに対し,高齢者を対象とする特殊詐欺は,加齢に伴う社会的孤立や判断能力・意思決定能力の相対的な減退という被害者の脆弱性に着目してこれを利用する点で,より強い社会的非難に値する。加えて,一旦金銭が交付されれば被害回復は事実上困難であるという構造的特徴もある。

  ⑶ このような被害者の特質を悪用する欺罔行為に対しては,刑法上の詐欺罪による事後的な処罰のみでは,被害の未然防止という観点から十分な効果を期待し難い。したがって,社会不安を未然に防止し,金融取引の安全と高齢者の生活基盤を維持するという目的は,重要な公共の利益として,公共の福祉に適合するものと認められる。

4 ⑴ 進んで,確認措置の対象を満70歳以上という年齢のみによって一律に画する点が,目的達成のために必要な限度にとどまっているかを検討する。

  ⑵ 一般に,個人の経済活動に対する法的規制については,小売市場許可制合憲判決が示すような立法裁量を広く認める見解もあるが,上記のとおり本件は消極目的規制であり,かつ自己決定権に対する一律の介入でもあるから,慎重な実質的審査に服する。また,本件確認措置は,単に経済的自由の制約にとどまらず,みだりに自己の私生活上の情報を開示されない自由という人格的利益(憲法13条)にも関わるものである。

  ⑶ これについてみるに,確かに,特殊詐欺の被害が高齢者に集中しているという統計的事実がある以上,行政的執行の明確性・迅速性の観点から,何らかの外形的基準によって対象者を画すること自体はやむを得ない面がある。また,新法の規制は財産処分そのものを禁止するものではなく,確認措置に応じない場合に払戻し等を一時的に保留するにとどまるから,自己決定権に対する制約の程度は限定的であるとみる余地もある。Pのように確認措置を拒む高齢者にとって煩わしさを伴うことは否めないが,最終的な財産処分の自由まで奪われるわけではない。

  ⑷ しかし,新法が選択した規制手段は,次の理由から,目的達成のために必要かつ合理的な手段とは認め難い。

  ⑸ 第一に,警察庁の統計が示す保護の実質的根拠は,年齢そのものではなく,加齢に伴う判断能力の低下という個別的な脆弱性にある。にもかかわらず,新法は個別の認知機能や実質的な意思決定能力を一切考慮せず,満70歳以上の者に一律に払戻制限の対象性を認めている。

  ⑹ この点,判断能力の未熟な者を画一的に取り扱う既存の制度として,未成年者について法定代理人の同意を要求する民法5条1項が存在する。もっとも,未成年者の行為能力制度は,意思表示そのものの効力を画一的に定める制度であり,本件のような,成年者を対象として払戻しという契約上の履行を事実上留保するにとどまる措置とは,その法的性質を異にするため単純に同視することはできない。しかし,民法の行為能力制度が,画一的な保護を及ぼす反面として,同条2項において広範な取消権を認めることにより事後的な救済との均衡を図っているという制度設計上の知見は,実質的な判断能力を欠く者を画一的な基準で保護する制度に事後的な救済措置を伴わせ,過剰な規制を回避しつつ保護の実効性を確保している点で,本件のような制限に先駆けて実現しうる一つの最低限の制限であるといえる。これに対し,新法には,対象者を実質的な判断能力に応じて個別に限定する仕組みも,確認措置を経ずに払戻しがされた場合の事後的な取消権や損失填補の制度も設けられていない。

  ⑺ 年齢を重ねるにつれて判断能力が衰える傾向にあること自体は一般的に想定されるとしても,実際に年齢が資金運用能力や特殊詐欺への脆弱性にどの程度結びつくかについては,確実な立法事実の裏付けがあるとはうかがわれない。そうである以上,満70歳以上の者は一律に判断能力が衰えているとみなす取扱いを,確実な根拠に基づく合理的な関連性を有するものと認めることは困難であり,個別の実質的判断能力を考慮せず画一的に規制の網をかけることは,目的達成のために不必要な過剰包摂であって,必要性の要件を満たさない。

  ⑻ そもそも,預金契約に基づく払戻請求権の行使は,当事者間の合意に基づく契約上の権利行使であり,契約の自由(憲法13条,22条1項,29条1項が複合的に保障するものと解される)の一環として,国家による恣意的な介入から保護されるべきものである。新法は,この契約の自由の領域に対し,確実な立法事実の裏付けを欠いたまま年齢のみを理由として一律に介入するものであり,個人の自律的な経済活動を必要以上に阻害するものといわざるを得ない。

  ⑼ 仮に一定の年齢層について判断能力の低下が統計的に顕著であり,具体的な年齢の設定自体を立法裁量に委ねるべきであるとしても,対象者を実質的な事情(例えば,軽度な認知症の診断結果,後見・保佐開始の審判の有無等の客観的指標)に応じて限定したり,前述の通り確認措置を経ずに払戻しがされた場合の事後的な取消権を付与するなどして被害を軽減・回復する仕組みを設けたりするなど,契約の自由への介入をより限定した形で目的を達成する手段がなお想定できる。それにもかかわらず,新法がこうした選択肢を一切採らず,一律かつ事前の払戻保留という強い効果のみを規定した点は,目的と手段との間の実質的関連性を欠くものである。

  ⑽ 第二に,確認措置が親族への連絡による意思確認という方法を採っている点は,みだりに自己の私生活上の事実(預金口座の有無,資産状況,払戻請求という具体的な取引の内容等)を公表(第三者に開示・伝達)されない自由(憲法13条)に対する制約として問題となる。そもそも,最高裁判所が前科照会事件(最判昭和56年4月14日)で認める通り,人の名誉や信用に直結する情報は「みだりに公開されないという法律上の保護に値する利益」であり,個人の財産的状況や具体的な取引内容も,極めて秘匿性の高い私生活上の事実として同様の保護が及ぶ。

  ⑾ ここで,本件措置の主体は金融機関という民間事業者(私人)であるため,基本的人権の規定が私人相互の関係に直接適用されない(間接適用説・三菱樹脂事件最大判昭和48年12月12日)。したがって,本件制約の違法性は,不法行為(民法709条)における「法律上保護される利益」の解釈など,私法の一般条項を媒介して判断すべきである。

  ⑿ 金融機関が本人の同意なく親族に取引内容を開示することは,本来,契約上の守秘義務違反やプライバシー侵害(民法709条)を構成する。新法が義務づける確認措置による免責効果(違法性阻却)が働くかが問題となるが,その根拠たる新法自体が前述の通り過剰規制として合憲性を欠く以上,違法性を阻却する事由とはなり得ない。結果として,金融機関による親族への開示行為は,私法上も不法行為等として違法と評価されることになる。

  ⒀ この観点から見ると,意思確認の対象をあらかじめ登録した親族のみに限定する仕組みは,自律的な判断能力を備えたPのような高齢者にとって,財産の使途という極めてプライベートな事項を,たとえ親族であっても強制的に開示させられるに等しく,精神的負担を伴う。加えて,この仕組みは,身寄りのない単身高齢者や親族と疎遠な高齢者を,確認措置による保護の対象から事実上排除する結果を招きかねず,本来最も保護を要する層を制度上不利に扱う点で,新法の立法目的自体との整合性にも疑問が残る。

  ⒁ 他方で,親族に限らず,本人が自発的に信頼を寄せる指定代理人(友人,弁護士,福祉専門職等)を任意に登録させる制度を設けるなど,プライバシーや自己決定権を不当に害さない代替手段が容易に想定される。特殊詐欺の未然防止という目的は,こうしたより制限的でない代替手段によっても十分に達成可能である。それにもかかわらず,情報開示の対象を「親族」にのみ限定し,これを事実上の払戻条件とする硬直的な立法を行うことは,現代の社会実態(単身高齢者の増加や親族関係の多様化・希薄化)を無視した著しく不合理な手段選択と言わざるを得ない。したがって,確認措置の手段を親族への連絡に限定する本件の制度設計は,手段の必要性・合理性を欠き,個人のプライバシー権及び自己決定権に対する過度な制約として,憲法13条に違反し違憲と解すべきである。

5 ⑴ もっとも,以上に対しては次のような指摘が考えられる。すなわち,法令上いかに周到な行為規制を施し,その遵守を強制する制度を設けても,違反そのものを根絶することは困難である以上,違反の原因となりうる事由をできる限り除去する予防的措置を講じることには意義があり,その必要性が全くないとはいえない。

  ⑵ 特に,本件のように金融機関に罰則を伴う確認義務を課す場合,「判断能力の低下した高齢者」といった実質的・評価的な要件にとどめれば,金融機関が過度な責任追及を恐れて高齢者との取引全般を萎縮的に拒絶するおそれがある。したがって,満70歳以上という客観的・一律的な基準を採用したことは,金融機関の予見可能性を確保し,かえって高齢者の取引機会を守るための合理的な制度設計であるとする見方も,一応は成り立ちうる。しかも,規制の態様としては,確認措置に応じない場合に限った一時的な留置(払戻保留)に留まり,財産の剥奪や恒久的な処分禁止ではないため,制約の程度としては比較的緩やかであるとも評価され得る。

  ⑶ しかし,このような予防的措置を理由として財産的自由に対する重大な制約を課すことが憲法上是認されるためには,単に一律的な基準を採ることの実務上の便宜や,公共の福祉上の必要性が観念的に想定できるというだけでは足りない。個別的な判断能力を考慮する制度では特殊詐欺防止という目的を達成できないという合理的かつ確実な根拠が示され,かつ当該制限を施さなければ,措置による制限と均衡を失しない程度に高齢者に対する危険が生じるおそれのあることが,客観的証拠をもって認められなければならない。この点は,前掲の薬事法違憲判決の説くところでもある。

  ⑷ しかるに,上記4で述べたとおり,各論点についてより制限的でない有効な代替手段(実質的な指標による対象者の限定,事後的な取消権の付与,指定代理人制度等)が現に想定できる以上,満70歳以上という外形的属性のみを捉えて一律に払戻しの一時保留を甘受させることは,特殊詐欺の防止という目的のために真に必要な限度を超えた過剰な規制であり,目的と手段との間の均衡を著しく欠くものとして,立法裁量の範囲を逸脱したものといわざるを得ない。

  ⑸ しかも,財産の自由,とりわけ預金口座からの払戻しの自由は,現代の経済社会において個人が日々生存し,自立した経済活動を営むための基盤そのものである。これを一時的であるとはいえ,本人の意思に反して,かつ期間の定めのないまま金融機関の合理的な裁量によって保留し得るということは,実質的にその財産の排他的な支配権を一時的にせよ全く奪うに等しい。さらに,判断能力に問題のないPが,自身のプライバシーに属する親族関係の開示や意思確認への協力を,預金の払戻しという本来無条件であるべき権利の行使の引き換えとされることは,個人の尊厳および憲法13条の保証する自己決定権に対する重大な心理的,事実上の強制にほかならない。

  ⑹ したがって,形式的な一時性をもって制約の程度を過小評価すべきではなく,実質的には個人の財産的自由と人格的自律の双方に対する深刻な介入であると捉えるべきであり,その合憲性判定にあたっては,実質的な審査基準をもって厳格に臨むべきである。

6 以上より,新法に基づく確認措置及びこれに基づく払戻しの一時保留は,高齢者を特殊詐欺の被害から保護するという目的自体は重要な公共の利益として是認できるものの,その手段が,実質的な判断能力を考慮せず年齢のみによって一律に対象者を画するものであり,より制限的でない他の手段が存在するにもかかわらずこれを採らなかった点において,必要かつ合理的な規制とは認められない。したがって,憲法29条1項及び13条(自己決定権)に反し,違憲というべきである。

(答)

第1 ⑴について

1 新法に基づき,金融機関がPへの払戻を一時的に保留した措置は,憲法29条1項が直接保障するPの財産権及び同法13条を根拠とする自己決定権を侵害し,違憲ではないかが問題となる。

2 ⑴ 自己の財産を自由に処分し,払戻を受ける自由は,個人の自律的な経済活動の基礎をなすものであって,憲法29条1項及び13条により保障される。

⑵ もっとも,同法29条2項により,財産権は公共の福祉による制約を当然に受ける。同条は,私有財産制度を基本的人権として保障する一方,社会全体の利益を考慮して財産権に制約を加える必要がある場合には,公共の福祉に適合する限り立法による規制を許容するものであり,これは森林法共有林分割制限違憲判決の趣旨とも一致する。

⑶ したがって,新法の憲法適合性は,①規制目的が社会的理由ないし目的として公共の福祉に合致するか,②仮に合致するとしても,規制手段が当該目的の達成のために合理的かつ必要なものであるかによって判断すべきである。

3 ⑴ まず,新法及びこれに基づく確認措置の目的について検討する。新法は,判断能力の低下等により特殊詐欺の被害を受けやすい高齢者について,被害が現実化する前の段階で介入し,財産的被害を未然に防止することを目的とする。

⑵ 高齢者を対象とする特殊詐欺は,加齢に伴う社会的孤立や認知能力,意思決定能力の減退という被害者の脆弱性に着目する点で,既存の一般的法規範のみでは十分な抑止,救済を期待し難い。したがって,社会不安を未然に防止し,金融取引の安全と社会秩序を維持するという消極的な社会的理由から,従来の枠組を超えた特別の規制を導入し,一定の財産的自由を制限することは,それ自体としては公共の福祉に適合する目的のための必要かつ合理的な措置ということができる。

4 ⑴ 次に,確認措置の対象を満70歳以上という年齢のみによって一律に画する点が,目的達成のために必要な限度にとどまっているかを検討する。

⑵ 一般に,個人の経済活動に対する法的規制については,小売市場許可制合憲判決が示すとおり,立法政策的,技術的な裁量に委ねられ,その裁量の逸脱が著しく不合理であることが明白な場合に限り違憲となると解される。もっとも,本件確認措置は,単なる経済的自由の制約にとどまらず,みだりに自己の私生活上の情報を開示されない自由という,憲法13条の幸福追求権の一部をなす利益にも関わる。国家がこうした個人の尊厳の核心に関わる自由に介入する場合,その手段は目的達成に必要不可欠な範囲に限定され,被規制者の不利益と均衡を失してはならない(指紋押捺拒否事件)。

⑶ この点を勘案するに,新法が選択した規制手段は,次の2点において目的達成のための合理的な手段とは認められず,著しく不合理であるといわざるを得ない。

⑸ 第一に,警察庁の統計が示す保護の本質は,年齢そのものではなく,加齢に伴う判断能力の低下という脆弱性にある。にもかかわらず,新法は個別の認知機能や実質的な意思決定能力を一切考慮せず,満70歳以上の者に一律に払戻制限を課している。年齢を重ねるにつれて判断能力が衰える傾向にあるとしても,実際に年齢が特殊詐欺の被害にどの程度結びつくかは必ずしも明らかでない。そうすると,個別の認知能力を考慮せず画一的に網をかけることは,目的達成のために不必要な過剰包摂であり,必要最小限度の原則に反する。

⑺ 仮に判断能力の低下がある年齢層に顕著であり,具体的な年齢設定自体は立法裁量に委ねるべきであるとしても,対象者を個別の事情に応じて限定したり,事後的な取消権の付与等によって被害を有効に軽減,防止するなど,私的自治への介入を最小限に留める余地がなお残されている。それにもかかわらず新法がこうした選択肢を一切採らなかった点は,目的と手段との間の関連性を著しく欠くものであり,憲法29条1項に反するというべきである。

⑻ 第二に,自律的な判断能力を備えたPの事案にみられるとおり,自己の財産の使途,処分という極めてプライベートな意思決定を,たとえ親族であっても強制的に開示させられることは,一時的な保留に留まるとしても,精神的負担を伴い,親族に依存しない多様な生き方やプライバシーの自律性を不当に否定するものである。したがって,意思確認の対象をあらかじめ登録した親族のみに限定する仕組みは,個人の私生活上の自己決定権及びプライバシー権に対する受忍限度を超えた過度な制約であると評価すべきである。

⑼ この点,親族に限らず,本人が自発的に信頼を寄せる指定代理人(友人,弁護士,福祉専門職等)を任意に登録させ,これに対する告知義務を課すといった,より制限的でない代替手段を構築することも可能である。にもかかわらず,親族への開示を事実上の払戻条件とする硬直的な仕組みを採用した点は,社会生活の実態に照らして合理性を欠き,憲法13条にも反する。

5 ⑴ もっとも,以上に対しては次のような反論が考えられる。すなわち,法令上いかに周到な行為規制を施し,その遵守を強制する制度を設けても,違反そのものを根絶することは困難である以上,違反の原因となりうる事由をできる限り除去する予防的措置を講じることには意義があり,その必要性が全くないとはいえない。

⑶ しかし,このような予防的措置として財産的自由に対する大きな制約を課すことが憲法上是認されるためには,単に公共の福祉上の必要性が皆無とはいえないというだけでは足りず,当該制限を施さなければ,措置による財産的自由の制約と均衡を失しない程度に高齢者に対する危険が生じるおそれのあることが,合理的根拠をもって認められなければならない。この点は,前掲の薬事法違憲判決の説くところでもある。しかるに,上記4で述べたとおり,各論点についてより制限的でない有効な代替手段が現に想定できる以上,満70歳以上という外形的属性のみを捉えて一律に払戻の一時保留を甘受させることは,特殊詐欺の防止という目的のために真に必要な限度を超えた過剰な規制であるといえる。

6 以上より,新法に基づく確認措置及びこれに基づく払戻の一時保留は,高齢者の財産的被害を未然に防止するという目的のために必要かつ合理的な規制であるとは認められず,憲法29条1項及び13条に違反し,違憲というべきである。


第2 ⑵について

1 被害者の年齢が70歳以上であるか否かによって,加害者に対する罰則規定(15年以下の拘禁刑)の適用の有無を区別することは,70歳未満の被害者に対する法の下の平等(14条1項)に反し,違憲ではないかを以下検討する。

2 ⑴ 14条1項のいう平等は,事実上の差異に応じた「合理的区別」を許容する。区別が合理的といえるためには,区別の目的が正当であり,かつ目的と区別との間に合理的な関連性が認められる必要がある。

 本件の区別基準である「年齢」は,人種や性別といった本人の努力で変更不可能な属性とは異なり,精神的・身体的・認知的能力の一般的な指標として立法上広く用いられる。また,いかなる犯罪にどの程度の刑罰を科すかという刑事立法政策は,立法府の広範な裁量に委ねられる。

 もっとも,同じ詐欺被害でありながら,被害者の年齢がわずか1歳違うだけで,加害者に対する最高刑が5年も異なることは,被害者の被る実質的な保護(犯罪抑止効果)の格差に繋がり得るため,不合理な格差がないか慎重に吟味する必要がある。

⑵ 確かに,69歳であっても認知機能が低下している者は存在し,現にQも「警察官を名乗る者からの電話」を信じて大金を交付している。実質的な保護の必要性は70歳以上の者と変わらない。したがって,70歳未満を一律に罰則の対象外とすることは,個人の実質的な状況を無視した不当な差別とも思える。

 しかし,刑事罰を科す罰則規定においては,罪刑法定主義(31条)の観点から,処罰範囲が客観的かつ明確でなければならない。「判断能力が低下した者」といった実質的な基準では,加害者にとって処罰の予測可能性が立たず,裁判における立証も困難を極める。そのため,客観的かつ画一的に判別可能な「満70歳」という数値を区切りの基準とすることには,明確性の確保という強い要請がある。

 統計的にも,70歳を超えると特殊詐欺の被害率や認知機能の低下が顕著に増加する傾向が認められる以上,「70歳」という線引きには客観的な合理性がある。

(判例への言及):最高裁は,尊属殺重罰規定違憲判決において,立法目的の合理性を認めつつも,普通殺に比べて極端に重い刑(死刑又は無期懲役のみ)を配した手段の著しい不合理性を理由に違憲と判断した。これに対し,本件罰則は法定刑の最高限を「15年」に引き上げるものであり,刑法上の詐欺罪(10年以下)と比較しても,裁量の範囲内における緩やかな加重にとどまり,著しい不均衡はない。

3 以上より,Qが満70歳に満たないことを理由に罰則規定が適用されなかったことは,14条1項に反せず,合憲である。

以上

問題 G
加重罰

 社会生活が高度に相互依存的になる中で,医療,教育,公共交通,行政窓口,小売・飲食その他の対人的サービス(以下「対人サービス」という。)は,人々の日常生活を支える基盤としての性格を強めている。対人サービスを提供する者(以下「対人サービス従事者」という。)は,日々,多数の利用者,患者,保護者,乗客,住民,顧客等(以下「利用者等」という。)と接するが,20**年以降,通常のクレームや意見表明の域を超えた,著しい迷惑行為(大声での威圧,長時間の拘束,土下座の要求,インターネット上での誹謗中傷等。以下「迷惑行為」という。)を利用者等から受ける事案が顕著に増加している。研究者による調査では,対人サービスに従事する労働者のうち相当数が,直近1年以内にこうした迷惑行為を受けた経験があると回答しており,これに起因する心身の不調や離職により,対人サービスの担い手不足が深刻化するのではないかとの懸念が広がっている。

 現行法上,迷惑行為のうち悪質なものは,刑法上の暴行罪,脅迫罪,強要罪,威力業務妨害罪,名誉毀損罪,侮辱罪等によって対処し得る。もっとも,これらの規定は対人サービスの現場において生じる行為類型を必ずしも想定した構成要件になっておらず,被害の反復性や職務執行への影響という対人サービス特有の事情が量刑上十分に考慮されていないとの指摘や,インターネット上の匿名の投稿については立件に至らない事案が多いとの指摘がなされてきた。

 以上のことを背景に,Xを含む超党派の国会議員は,主に以下のような内容を盛り込んだ対人サービス従事者保護法案の骨子(以下「本法案骨子」という。後掲【資料】を参照。)を用意した。

施策① 対人サービス従事者に対する暴行等の加重処罰

⒜ 対人サービス従事者がその職務の執行中又は職務の執行に関して利用者等から暴行又は脅迫を受けた場合,加害者を,刑法上の暴行罪・脅迫罪よりも加重した法定刑によって処罰する。

⒝ 対人サービス従事者の範囲は,雇用契約に基づき使用者の指揮命令を受けて労務を提供する者に限定し,業務委託契約その他これに類する契約に基づき自己の裁量において役務を提供する者(フリーランスの配達員,個人事業主等)は対象に含めない。

施策② 対人サービス従事者に対するSNS等での誹謗中傷等の禁止

何人も,対人サービス従事者に対し,その職務の執行に関して,SNSその他インターネットを利用する方法により,その社会的評価を低下させる表現(事実を摘示するものであるかどうかを問わない。)をしてはならないものとし,これに違反した者を刑事罰に処する。

Xは,本法案骨子の憲法適合性について弁護士甲に相談した。その際の甲とXとのやり取りは,以下のとおりであった。

甲:本法案骨子のうち,まず施策①の⒜について伺います。対人サービス従事者に対する暴行等を加重処罰することの目的は,どのようなところにありますか。

X:対人サービスは,医療や公共交通をはじめ,国民生活に不可欠な基盤です。その担い手が安心して働ける環境が確保されなければ,対人サービスの安定的な提供自体が損なわれかねません。近年,心身に深刻な被害を受けて離職する対人サービス従事者が増加しており,看過できない状況にあります。そこで,加重処罰によって迷惑行為を抑止し,対人サービス従事者を保護することを主たる目的としています。

甲:対人サービスが社会生活の基盤であるという点に着目した目的自体は理解できます。ただ,加重処罰は,被害者の職業上の地位,いわば社会的な身分に着目して加害者の処罰の程度に差を設けるものですから,平等原則の観点から慎重な検討が必要になりそうです。つきましては,施策①の⒝とも関連しますが,対人サービス従事者の範囲を画するに当たり,雇用契約に基づく労働者に限定し,業務委託契約に基づく者を除外された理由は何ですか。

X:雇用契約に基づく労働者は,使用者の指揮命令の下で勤務場所や勤務時間,担当する利用者等を自ら選ぶことができない立場にあり,迷惑行為を受ける場面を回避することが構造的に困難です。これに対し,業務委託契約に基づいて役務を提供する者は,契約内容や役務提供の方法についてなお一定の裁量を有しており,迷惑行為を受けるリスクを自ら調整する余地があると考え,区別を設けました。

甲:もっとも,実際には,フリーランスの配達員のように,業務委託契約に基づく者であっても,利用者等と直接対面してサービスを提供する場面が多く,労働者と同様,あるいはそれ以上に迷惑行為を受けやすい実情にあるとの指摘もあり得ますね。この点は,検討課題として意識しておきます。ほかに,加重処罰の程度について,何か検討しておくべき事情はありますか。

X:法定刑の加重の程度は,他の法律における同種の加重処罰規定の例も参考にしながら定めており,責任主義に反するような過大な加重にはならないよう配慮したつもりです。この点は今回,甲さんの検討対象から外していただいて構いません。

甲:分かりました。それでは施策②について伺います。この規制の目的はどこにあるのでしょうか。

X:対人サービス従事者は,職務上,不特定多数の利用者等と接する機会が多く,匿名のSNS上で誹謗中傷の対象とされやすい立場にあります。こうした被害は,名誉感情の毀損にとどまらず,離職や精神的な疾患の発症にもつながっており,対人サービス従事者の人格的利益及び良好な就労環境を保護することを目的としています。

甲:目的自体には理解を示せます。しかし,表現行為を刑事罰をもって規制する以上,目的が正当であることと,規制の手段が必要な限度にとどまっているかということは,別途厳格に検討する必要があります。現行の刑法にも名誉毀損罪,侮辱罪がありますが,これらとの関係はどのように整理していますか。

X:現行の名誉毀損罪は事実の摘示を要件とし,公共の利害に関する場合には真実性の証明等により処罰されない場合がありますが,施策②は,対人サービスの現場における被害の実情を踏まえ,事実を摘示するものであるかどうかを問わず,社会的評価を低下させる表現を広く対象とすることとしました。

甲:規制の対象が現行の名誉毀損罪よりも広範になっているとすれば,対人サービスの利用者等による正当な意見表明や苦情の申立てまでもが萎縮するおそれはないでしょうか。また,公益を図る目的による表現や真実性の証明があった場合の取扱いについては,どのように考えていますか。

X:その点も含め,十分な検討をお願いしたいと思います。

甲:分かりました。では,施策①及び施策②の憲法適合性について,判例その他を踏まえた検討をしたいと思います。

〔設問〕

あなたが検討を依頼された弁護士甲であるとして,施策①及び施策②の憲法適合性について論じなさい。なお,その際には,必要に応じて,参考とすべき判例や自己の見解と異なる立場に言及すること。施策②の規制対象行為の明確性及び過度広汎性については論じる必要はない。

【別途資料】

対人サービス従事者保護法案骨子

第1 対人サービス従事者に対する暴行等の加重処罰

1 定義

 この法律において「対人サービス従事者」とは,医療,教育,公共交通,行政,小売,飲食その他対人的な役務の提供を業とする事業(以下「対人サービス事業」という。)に関し,雇用契約に基づき使用者の指揮命令を受けて労務を提供する者をいう。業務委託契約その他これに類する契約に基づき自己の裁量において役務を提供する者は,これに含まれない。

2 加重処罰

 利用者等(対人サービス事業の利用者,顧客その他対人サービス従事者が職務上応接する者をいう。)が,対人サービス従事者に対し,その職務の執行中又は職務の執行に関し,暴行を加えた者は5年以下の拘禁刑(傷害の結果を生じさせた場合を除く。)に,脅迫を加えた者は3年以下の拘禁刑に処する。

第2 対人サービス従事者に対するSNS等での誹謗中傷等の禁止

1 何人も,対人サービス従事者に対し,その職務の執行に関し,SNSその他インターネットを利用する情報発信の方法により,その社会的評価を低下させるおそれのある表現(事実を摘示するものであるかどうかを問わない。)をしてはならない。

2 1の規定に違反した者は,1年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金に処する。

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