1-5-2. 慣性力

Inertial Force

慣性系と非慣性系

定義

慣性系

ニュートンの運動の第一法則(慣性の法則)が成り立つ座標系を慣性系と呼ぶ。慣性系においては,外力がはたらかない物体は静止または等速直線運動を続ける。また,慣性系では運動方程式 F=ma\boldsymbol{F}=m\boldsymbol{a} がそのままの形で成立する。

説明

宇宙には少なくとも1つの慣性系が存在すると仮定されている。我々が日常的に用いる地面に固定された実験室の座標系は,地球の自転や公転による影響が非常に小さいため,多くの場合において慣性系とみなすことができる。しかし,より厳密には太陽の中心に固定された座標系などがより理想的な慣性系に近いと考えられている。

公式

慣性系と非慣性系の関係

慣性系

ある慣性系に対して等速度で並進運動する座標系は,それ自身も慣性系である。

非慣性系

慣性系に対して加速度運動をする座標系を非慣性系と呼ぶ。非慣性系で運動方程式を成り立たせるためには,物体にはたらく本来の力に加え,見かけの力である慣性力を導入する必要がある。

慣性系から見た非慣性系の原点の加速度を a0\boldsymbol{a}_0 とするとき,非慣性系で観測される質量 mm の物体には,次の慣性力 f\boldsymbol{f} がはたらいているように見える。

f=ma0\boldsymbol{f} = -m\boldsymbol{a}_0
導出

宇宙に存在する一つの慣性系をS系(座標原点 O)とし,それに対して並進運動する別の座標系をS'系(座標原点 O')とする。慣性系Sから見たS'系の原点の位置ベクトルを R\boldsymbol{R} とおく。 質量 mm のある物体の,S系における位置ベクトルを r\boldsymbol{r},S'系における位置ベクトルを r\boldsymbol{r}' とすると,ベクトルの関係から r=R+r\boldsymbol{r} = \boldsymbol{R} + \boldsymbol{r}' が成り立つ。

この式の両辺を時刻 tt で2階微分して,加速度の関係式を求める。

d2rdt2=d2Rdt2+d2rdt2\dfrac{d^2\boldsymbol{r}}{dt^2} = \dfrac{d^2\boldsymbol{R}}{dt^2} + \dfrac{d^2\boldsymbol{r}'}{dt^2}

S系は慣性系であるため,物体にはたらく合力を F\boldsymbol{F} として,運動方程式 md2rdt2=Fm \dfrac{d^2\boldsymbol{r}}{dt^2} = \boldsymbol{F} が成り立つ。これを用いて上の加速度の関係式を書き換える。

m(d2Rdt2+d2rdt2)=Fm \left( \dfrac{d^2\boldsymbol{R}}{dt^2} + \dfrac{d^2\boldsymbol{r}'}{dt^2} \right) = \boldsymbol{F}慣性系の証明

S'系がS系に対して等速度で運動している場合,S'系の原点の加速度はゼロ( d2Rdt2=0\dfrac{d^2\boldsymbol{R}}{dt^2} = \mathbf{0} )となる。 このとき上の式は md2rdt2=Fm\dfrac{d^2\boldsymbol{r}'}{dt^2} = \boldsymbol{F} となり,S'系においてもS系と全く同じ形の運動方程式が成立する。したがって,S'系も慣性系であることが証明される。

非慣性系における運動方程式

S'系がS系に対して加速度運動している場合,S'系の原点の加速度 d2Rdt2\dfrac{d^2\boldsymbol{R}}{dt^2} はゼロではない。 上の式を,S'系で観測される物体の加速度 d2rdt2\dfrac{d^2\boldsymbol{r}'}{dt^2} について整理する。

md2rdt2=Fmd2Rdt2m\dfrac{d^2\boldsymbol{r}'}{dt^2} = \boldsymbol{F} - m\dfrac{d^2\boldsymbol{R}}{dt^2}

この式は,「S'系における物体の質量と加速度の積は,物体にはたらく真の力 F\boldsymbol{F} だけでなく,md2Rdt2-m\dfrac{d^2\boldsymbol{R}}{dt^2} という余分な力が加わったものに等しい」と解釈できる。この見かけの力こそが慣性力 f\boldsymbol{f} であり,f=md2Rdt2\boldsymbol{f} = -m\dfrac{d^2\boldsymbol{R}}{dt^2} と定義される。

回転座標系における慣性力

公式

遠心力とコリオリの力

慣性系に対して,原点を共有し一定の角速度 ω\omega で回転する回転座標系を考える。 この回転系で観測される質量 mm の物体には,2種類の慣性力がはたらいているように見える。

遠心力

回転系における物体の位置ベクトルが R\boldsymbol{R} のとき,物体にはたらく遠心力 fcen\boldsymbol{f}_{\text{cen}} は,回転の中心から遠ざかる向きに次のように表される。

fcen=mω2R\boldsymbol{f}_{\text{cen}} = m\omega^2 \boldsymbol{R}コリオリの力

回転系における物体の速度ベクトルが V\boldsymbol{V} のとき,物体にはたらくコリオリの力 fcor\boldsymbol{f}_{\text{cor}} は,速度ベクトルに対して垂直な向きに次のように表される。

fcor=2m(ω×V)\boldsymbol{f}_{\text{cor}} = -2m(\boldsymbol{\omega} \times \boldsymbol{V})

(※ ω\boldsymbol{\omega} は角速度ベクトル,×\times はベクトルの外積)

導出

慣性系を xyxy 座標系,角速度 ω\omega で反時計回りに回転する系を XYXY 座標系とする。時刻 t=0t=0 で両者は一致しているとする。 慣性系の座標 (x,y)(x, y) と回転系の座標 (X,Y)(X, Y) の間には,次の回転行列を用いた座標変換の関係が成り立つ。

(xy)=(cos(ωt)sin(ωt)sin(ωt)cos(ωt))(XY)\begin{pmatrix} x \\ y \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \cos(\omega t) & -\sin(\omega t) \\ \sin(\omega t) & \cos(\omega t) \end{pmatrix} \begin{pmatrix} X \\ Y \end{pmatrix}

この関係式の両辺を時刻 tt で2回微分し,慣性系の加速度 (x¨,y¨)( \ddot{x}, \ddot{y} ) と回転系の加速度 (X¨,Y¨)( \ddot{X}, \ddot{Y} ) を結びつける。1階微分(速度)は次のようになる。

(x˙y˙)=(X˙cos(ωt)Xωsin(ωt)Y˙sin(ωt)Yωcos(ωt)X˙sin(ωt)+Xωcos(ωt)+Y˙cos(ωt)Yωsin(ωt))\begin{pmatrix} \dot{x} \\ \dot{y} \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \dot{X}\cos(\omega t) - X\omega\sin(\omega t) - \dot{Y}\sin(\omega t) - Y\omega\cos(\omega t) \\ \dot{X}\sin(\omega t) + X\omega\cos(\omega t) + \dot{Y}\cos(\omega t) - Y\omega\sin(\omega t) \end{pmatrix}

これをもう一度 tt で微分すると,慣性系の加速度は回転系の運動量(位置,速度,加速度)を用いて次のように表される。

(x¨y¨)=(X¨cos(ωt)Y¨sin(ωt)2ω(X˙sin(ωt)+Y˙cos(ωt))ω2(Xcos(ωt)Ysin(ωt))X¨sin(ωt)+Y¨cos(ωt)+2ω(X˙cos(ωt)Y˙sin(ωt))ω2(Xsin(ωt)+Ycos(ωt)))\begin{pmatrix} \ddot{x} \\ \ddot{y} \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \ddot{X}\cos(\omega t) - \ddot{Y}\sin(\omega t) - 2\omega(\dot{X}\sin(\omega t) + \dot{Y}\cos(\omega t)) - \omega^2(X\cos(\omega t) - Y\sin(\omega t)) \\ \ddot{X}\sin(\omega t) + \ddot{Y}\cos(\omega t) + 2\omega(\dot{X}\cos(\omega t) - \dot{Y}\sin(\omega t)) - \omega^2(X\sin(\omega t) + Y\cos(\omega t)) \end{pmatrix}

慣性系における運動方程式は mr¨=Fm\ddot{\boldsymbol{r}} = \boldsymbol{F} である。回転系で運動方程式を立てるためには,この式を回転系の変数で書き換えなければならない。回転系で観測される力 F\boldsymbol{F}'mR¨=Fm\ddot{\boldsymbol{R}} = \boldsymbol{F}' と書ける。F\boldsymbol{F}' を求めるために,上の加速度の関係式を整理すると,

mR¨=Frot+mω2R2m(ω×V)m\ddot{\boldsymbol{R}} = \boldsymbol{F}_{\text{rot}} + m\omega^2\boldsymbol{R} - 2m(\boldsymbol{\omega} \times \boldsymbol{V})

という関係が得られる。(ただし Frot\boldsymbol{F}_{\text{rot}} は真の力を回転座標系から見たベクトル)。 この式は,回転系における運動が,真の力に加え,遠心力とコリオリの力という2つの慣性力によって支配されることを示している。

慣性力の応用

公式

見かけの重力

一定の加速度 α\boldsymbol{\alpha} で鉛直上向きに上昇する箱の中で,物体を初速 v0v_0 で水平右向きに投げた。箱に固定された座標系(水平右向きに xx' 軸,鉛直下向きに yy' 軸)をとるとき,物体の軌道は次のように表される。 ただし,重力加速度を gg とする。

y=g+α2v02x2y' = \dfrac{g + \alpha}{2{v_0}^2} {x'}^2
導出

この箱は鉛直上向きに加速度 α\alpha で運動する非慣性系である。したがって,箱の中の観測者から見ると,質量 mm の物体には真の力(重力)に加えて,慣性力がはたらいているように見える。 慣性力の向きは系の加速度と逆向き,すなわち鉛直下向きであり,その大きさは mαm\alpha である。 箱の中の物体に対する運動方程式を立てると,

{md2xdt2=0x 軸方向)md2ydt2=mg+mαy 軸方向)\begin{cases} m\dfrac{d^2x'}{dt^2} = 0 & \text{($x'$ 軸方向)} \\ m\dfrac{d^2y'}{dt^2} = mg + m\alpha & \text{($y'$ 軸方向)} \end{cases}

となる。これは見かけの重力加速度が g=g+αg' = g + \alpha となった世界での放物運動と等価である。 この運動方程式を積分すると,t=0t=0 で原点から初速 v0v_0 で投射されるため,

x=v0t,y=12(g+α)t2x' = v_0 t, \quad y' = \dfrac{1}{2}(g + \alpha)t^2

と表せる。xx' の式を t=xv0t = \dfrac{x'}{v_0} と変形し,これを yy' の式に代入することで媒介変数 tt を消去し,軌道の式が導かれる。

y=12(g+α)(xv0)2=g+α2v02x2y' = \dfrac{1}{2}(g + \alpha) \left( \dfrac{x'}{v_0} \right)^2 = \dfrac{g+\alpha}{2{v_0}^2}{x'}^2