1-1-1. 速さと速度
Speed and Velocity
速さ
速さ
時間 あたりの移動距離が であるような等速直線運動をする物体の速さ は次のように表す。
「速さ」とは「単位時間あたりの移動距離」のことである。 時間 の間に距離 だけ移動したとき,1単位時間あたりに進む距離,すなわち速さ を求めることを考える。
このとき,次の比の式が成り立つ。
数学公式により内項と外項の積は等しいから,
両辺を で割ることで,定義通りの式が導かれる。
平均の速さ
時刻 のとき移動距離が ,時刻 のとき である物体の平均の速さ は次のように求める。
移動距離 ,経過時間 より,速さの式に代入して
瞬間の速さ
物体の移動距離が のときの瞬間の速さ は,そのときの時刻 を用いて次のように表す。
時刻 における物体の移動距離を の関数として と表すとき,時刻 における移動距離は である。時刻 から までの物体の平均の速さ は
ここで時刻 ,距離 における瞬間の速さを求めるには を限りなく に近づけることを考えればよい。これは導関数の定義そのものに他ならない。したがって
運動の独立性
多次元空間における物体の運動において,ある成分方向の運動状態は,その方向の力および初速度のみによって決定され,それと垂直な方向の運動の影響を受けない。
この原理の根拠は,後述するニュートンの運動方程式 が「ベクトル方程式」であるという点にある。 例として2次元平面( 平面)での運動を考えると,ベクトル形式の運動方程式は次のように成分ごとに分解して記述できる。
ここで重要なのは, 方向の加速度 を決定するのは 方向の力 のみであり, 方向の力 がいかに変化しようとも には一切影響を与えないという数学的事実である。
この原理を象徴する有名な思考実験に「弾丸の同時落下」がある。水平に高速で発射された弾丸と,その瞬間に真下に自由落下させた弾丸は,空気抵抗を無視すれば,水平方向の速度の有無に関わらず,全く同時に地面に到達する。これは,鉛直方向の運動(落下)が水平方向の運動(前進)から完全に独立していることを示している。
物理学において,この独立性を見出し,問題を扱いやすい単位に分解して考える手法は,電磁気学における電場と磁場の重ね合わせや,量子力学における状態の重ね合わせなどへ進むための基礎的な考え方の枠組みとなっている。
速度ベクトル
物体の位置ベクトルが のときの速度ベクトル は,そのときの時刻 を用いて次のように表す。
時間 だけ経過して物体の変位が だったとき,速度ベクトルは で求められ,時刻 における瞬間の速度ベクトルは を限りなく に近づけることを考えればよい。これは導関数の定義そのものだから
極座標系
2次元極座標系
原点を とする 平面において, 軸, 軸と平行な単位ベクトルをそれぞれ および とする。
また, 平面上の位置 にある物体の位置ベクトルを ,速度ベクトルを ,原点 からの距離を ,物体と原点を結んだ線 と 軸がなす角を とし, と のうちどちらか一方のみが増す方向の単位ベクトルをそれぞれ および とする。
座標系変換および は, 軸方向の単位ベクトル と 軸方向の単位ベクトル およびそのときの偏角 を用いて次のように表す。
速度ベクトル時刻 で原点からの距離が である物体の速度ベクトル は,そのときの偏角 ,中心から遠ざかる向きを表す単位ベクトル と,中心のまわりを回転するときの向きを表す横断方向の単位ベクトル を用いて次のように求める。
導出1
まず,原点から物体へ向かう向きを正とする径方向の単位ベクトル を考える。このベクトルは 軸の正の向きと角度 をなす長さ のベクトルだから,その 成分および 成分は三角関数の定義に基づき,次のように表せる。
次に, と垂直で,角度 が増加する向きを正とする回転方向の単位ベクトル を考える。このベクトルは を反時計回りに だけ回転させたものに相当するため,①式の角度 を に置き換えることで得られ,
ここで,三角関数の性質(あるいは加法定理)である であり,また を用いて
導出2位置ベクトル を,位置 ,単位ベクトル , および偏角 を用いて表すと,長さ の 成分および 成分は三角関数の定義よりそれぞれ および だから
まず について考えると,位置ベクトル を で偏微分,すなわち距離 のみを微小に増減させて位置ベクトル の変化率を求めることにより物体が動く方向を調べると
単位ベクトル および の大きさはともに であり, であるため,右辺は大きさが の のみを増す単位ベクトルすなわち そのものである。
についても同様に,位置ベクトル を で偏微分,すなわち偏角 のみを微小に増減させて位置ベクトル の変化率を求めることにより物体が動く方向を調べると
同じく単位ベクトル および の大きさはともに であり, であるから,大きさが の のみを増す単位ベクトルすなわち は
速度ベクトル物体の位置ベクトルが のときの速度ベクトル は,そのときの時刻 を用いて 速度ベクトル
導出1
位置ベクトル を,位置 ,単位ベクトル , および偏角 を用いて表すと,長さ の 成分および 成分は三角関数の定義よりそれぞれ および だから
距離 と偏角 はともに時間 とともに変化する関数であることに注意すると,積の微分に関する数学公式 および合成関数の微分に関する数学公式 を用いて
ここで および より
導出2位置ベクトル を大きさと単位ベクトルに分けて記述すると
ここで,積の微分に関する数学公式 を用いて 両辺を で微分すると,デカルト座標の単位ベクトル と は時間に依存せず一定であっても極座標の単位ベクトル は物体の位置(偏角 )によって向きが変わるため,時間 の関数として微分の対象となることに注意して
ここで,第 項に含まれる単位ベクトルの時間微分 を求める。 であり, は の関数であるから,合成関数の微分法を用いると,
より
②式に代入して
一般に,物体の位置を特定するために必要な変数が最低 つ必要な世界を二次元といい,デカルト座標では と ,極座標では (距離)と (角度)がその役割を担う。主として極座標系は円運動の単元で便利だが,単なる円運動のための特殊な道具ではなく,デカルト座標系( )と並んで平面上の運動を記述する普遍的な手法である。
なお,速度ベクトル の 導出2 で現れる という式は,径方向の単位ベクトル が変化(微分)したとき,その変化の方向は元のベクトルに垂直な回転方向 を向き,その変化の激しさは回転の速さ に比例することを意味し,極座標の本質をよく表す。座標軸そのものが回転するという極座標の動的な性質は,今後円運動や惑星の運動に限らず,物体の運動をどの視点(座標系)で捉えるのが最も自然かという視点を持つために重要である。
3次元極座標系
原点を とする 空間において, , , 軸と平行な単位ベクトルをそれぞれ , , とする。
また, 空間上の位置 にある物体の位置ベクトルを ,速度ベクトルを ,原点 からの距離を ,原点と物体を結んだ線分と 軸がなす角(天頂角)を ,物体から 平面に下ろした垂線の足と原点を結んだ線分と 軸がなす角(方位角)を とし, ,, のうちいずれか一方向のみが増す方向の単位ベクトルをそれぞれ , , とする。
座標系変換,, は,軸,軸,軸それぞれに平行な単位ベクトル ,, および天頂角 ,方位角 を用いて次のように表す。
速度ベクトル時刻 における物体の速度ベクトル は,中心から遠ざかる向きの単位ベクトル ,天頂角が増す向きの単位ベクトル ,方位角が増す向きの単位ベクトル を用いて次のように求める。
導出1
まず,原点から物体へ向かう向きを正とする径方向の単位ベクトル を考える。 を 軸および 平面へ射影すると,三角関数の定義に基づきその成分は ,および 平面上の長さ となり,後者を 軸, 軸へ射影すると,それぞれ および となるから
径方向の単位ベクトル は赤色で示している。これを青色で示した 軸および 平面へ射影することにより、その成分は 、および 平面上の長さ となる。
この 平面上の成分をさらに 軸、 軸へ射影すると、それぞれ および となるため、
次に, 方向の単位ベクトル を考える。これは と同じ垂直面内にあり, を に置き換えたものに相当するため,①式の を置換し,三角関数の性質を用いることで得られる。
は、 と同じ垂直面内にあり、 方向へさらに直角に倒れたベクトルである。
最後に, 方向の単位ベクトル は, 平面内において が増加する向き(反時計回り)の単位ベクトルである。これは 成分を持たず,2次元極座標の と同様の形式となる。
は、点 P を通る 平面に平行な面内に存在し、水平面の動径方向に対して が増加する向きへ直角に回転したベクトルである。
位置ベクトル をデカルト座標の成分表示で表すと,幾何学的な関係より
この位置ベクトル を,各変数 で偏微分し,それぞれの変化率を調べる。
これらのベクトルの大きさを計算すると,それぞれ となる。各偏微分ベクトルをそれぞれの大きさで割って正規化することで,各方向の単位ベクトルが導かれる。
速度ベクトル導出1
位置ベクトル のデカルト成分 を,積の微分法および合成関数の微分法を用いてそれぞれ時間 で微分する。
これらを としてまとめ, の各項で括り直すと,
括弧内がそれぞれ と一致するため,目的の速度ベクトルが導かれる。
導出2位置ベクトルを とし,両辺を時間 で微分する。
ここで の時間微分を求める。 は と の関数であるから,連鎖律(全微分)より
位置ベクトルの導出2での計算結果より,,および であるから,
これを②式に代入すると,空間における速度ベクトルの式が導出される。
三次元空間において,物体の位置を特定するには最低 つの変数が必要であり,デカルト座標( )に対し,球座標では がその自由度を担う。
球座標における速度ベクトルにおいて, という項が現れるのは,方位角 の回転半径が 軸からの距離 に依存するという幾何学的な事実を反映している。また,速度ベクトル の 導出2 で示した通り, の時間微分が と の和で表されることは,径方向の単位ベクトルの「向きの変化」が,天頂角方向の回転と方位角方向の回転の重ね合わせとして記述できることを示している。このような「動く座標系」の視点は,人工衛星の軌道解析や,量子力学における水素原子の電子軌道の記述など,中心力場が支配する広大な空間の物理を理解する上での必須の基盤となる。
基底の動特性と物理学の広がり デカルト座標系()の最大の特徴は,どこに移動しても単位ベクトル の向きが変わらないことである。そのため,微分しても単位ベクトル自体は消えてしまい,成分の微分だけを考えればよかった。
しかし,極座標や球座標では「物体の位置によって単位ベクトルの向き自体が変わる」という性質がある。速度の中に現れる や といった項は,この**「基底の回転」**から生じるものである。
この考え方は,人工衛星の軌道計算や,電子の原子核まわりの運動(量子力学)を記述する際に不可欠となる。特に3次元の速度式に含まれる という項は,物体が経線方向に動く際に「緯度()によって円の半径が異なる」という幾何学的な事実を美しく数式に反映している。
相対速度
相対速度
速度 の物体Aから,速度 の物体Bを見たときの物体Bの相対速度 は次のように求める。
相対速度ベクトル
速度 の物体Aから,速度 の物体Bを見たときの物体Bの相対速度ベクトル は次のように求める。
空間において,,, 軸方向それぞれの相対速度を考えると,, として