1-4-3. はねかえり係数
Coefficient of Restitution
はねかえり係数の定義と基本性質
はねかえり係数(反発係数)
ある直線上を運動する物体Aの速度が となった瞬間に,同じ直線上を運動する速度 の物体Bに衝突したとする。その直後の物体A,Bの速度がそれぞれ , となったとき,物体Aと物体Bの間の衝突の性質を表すはねかえり係数 は次のように定義される。 ただし,空気抵抗などの影響は考えなくてよいものとする。
はねかえり係数は,衝突の前後で2つの物体が互いに「近づく速さ」と「遠ざかる速さ」の比を表す無次元量である。
分母の は衝突前にAから見たBの相対速度であり,物体が衝突するためには互いに近づいている必要がある。一方,分子の は衝突後の相対速度であり,衝突後は互いに遠ざかるため,必ず衝突前とは逆向きのベクトルとなる。この向きの反転を補正し,比を正の値として定義するために数式にはマイナスの符号がつけられている。
壁に衝突する物体
ある直線上を運動する小球の速度が となった瞬間,静止している壁に垂直に衝突し,その直後の小球の速度が となった。このとき,小球と壁の間のはねかえり係数 は次のように求める。 ただし,空気抵抗は考えなくてよいものとする。
静止している壁を一方の物体とみなしてはねかえり係数の定義式を適用する。 壁は衝突の前後を通じて静止し続けているため,壁の速度は常に である。これを定義式に代入すると,
となり,壁などの固定された巨大な物体との衝突においては,単なる衝突前後の速度の大きさ(速さ)の比としてはねかえり係数を計算できることが導かれる。
床と斜めに衝突する物体
水平右向きに 軸,鉛直上向きに 軸をとる。小球の速度が となった瞬間になめらかな水平な床に衝突したとき,その直後の小球の速度 は次のように求める。 ただし,小球と床とのはねかえり係数を とし,空気抵抗は考えなくてよいものとする。
小球が床に衝突する瞬間において,床から小球に対してはねかえす力(垂直抗力およびその力積)がはたらく。 小球に対して運動方程式を立て,成分ごとに分割して考察する。床からの力を ,小球の質量を とすると,
水平方向( 成分)には床からの力がはたらかない(床はなめらかであると仮定されているため摩擦力は生じない)ため,加速度はゼロである。したがって, 方向の速度は衝突前後で変化せず等速運動を保つ。ゆえに衝突後の 成分を とすると, が成り立つ。
鉛直方向( 成分)については,床からの非常に大きな力 によって速度が反転する。床の 軸方向の速度は常にゼロであるから,はねかえり係数の定義式を 成分にのみ適用することができる。
これを について解くと, となる。 水平成分は維持され,鉛直成分のみが 倍されるため,衝突後の速度ベクトルは となることが導出される。
衝突後の速度と換算質量
換算質量
個の質量 からなる系において,その相互作用を単一の物体の運動として取り扱う際に現れる有効的な質量を換算質量 といい,次の式を満たすものとして定義される。
物理学において,2つの物体が互いに力を及ぼし合いながら運動する問題(いわゆる二体問題)を解析する際,それぞれの物体の絶対的な運動を追跡するよりも,一方から見た他方の「相対運動」として1つの方程式にまとめる方が見通しが良くなることが多い。 この相対運動の方程式を立てたとき,本来の質量の代わりに現れる係数が換算質量である。2物体の場合は上の定義式を変形し,和分の積の形として次のように表される。
換算質量を用いることで,複雑な二体問題を「質量 の1つの物体が,固定された中心のまわりを運動する」という単純な一体問題に置き換えることが可能になる。
衝突後の物体の速度
ある直線上を運動する質量 の物体Aの速度が となった瞬間に,同じ直線上を運動する速度 ,質量 の物体Bに衝突した。 物体Aと物体Bとのはねかえり係数を とし,空気抵抗は考えないものとする。
衝突直後の物体Aの速度
衝突直後の物体Aの速度 は次のように求める。
衝突直後の物体Bの速度
衝突直後の物体Bの速度 は次のように求める。
2つの物体の衝突において,外部からの力がはたらかない閉じた系であるとみなせるため,運動量保存則が成り立つ。
またはねかえり係数の定義式より,衝突後の相対速度を衝突前の相対速度を用いて表すことができる。
この関係式を について解くと, となる。これを運動量保存則の式に代入して,衝突後の物体Bの速度を消去する。
右辺を展開して でくくる。
これを について解くことで,物体Aの衝突後の速度が導出される。
同様に,はねかえり係数の式を と変形して運動量保存則の式に代入することで,物体Bの衝突後の速度も対称的な形として導出される。
衝突とエネルギーの損失
衝突における運動エネルギーの減少
ある直線上で,質量 の物体Aが,質量 の物体Bに衝突した。衝突直前に物体Aから見た物体Bの相対速度を ,はねかえり係数を とする。 このとき,衝突によって失われた系全体の運動エネルギー は,換算質量 を用いて次のように求めることができる。
はねかえり係数の範囲
物理的に運動エネルギーが衝突によって増加することはないため,はねかえり係数 は常に次の不等式を満たす。
物体A,Bの衝突前の速度をそれぞれ , ,系全体の重心の速度を とする。重心速度の定義より,
衝突の直前と直後では外力がはたらかないため運動量保存則が成り立ち,重心速度 は衝突前後で一定(不変)である。 ここで,静止している観測者からではなく,重心とともに動く観測者から見た座標系(重心系)を考える。重心系における物体A,Bの速度をそれぞれ , とすると,これらは絶対速度から重心速度を引くことで得られる。
相対速度ベクトルを とおくと,上の結果は および と表される。
次に,衝突前の系全体の運動エネルギー を計算する。総質量を とおき,絶対速度 と を運動エネルギーの式に代入して展開する。
ここで,第2項の括弧内 は「重心系における全運動量」を表す。重心系から見れば質量の中心は常に原点に静止しているため,この全運動量はゼロになる。 残った第3項と第4項に先ほど求めた と を代入して整理する。
この結果(ケーニヒの定理)は,系全体の運動エネルギーが「重心自体の並進運動エネルギー 」と「重心から見た相対運動エネルギー 」の和に分離できることを示している。
衝突後の系の運動エネルギー についても全く同様の計算が成り立つ。外力がはたらかないため重心速度 は不変であり,変化するのは相対速度のみである。はねかえり係数の定義より,衝突後の相対速度の大きさは衝突前の 倍になる( )。 したがって,衝突によって失われたエネルギー は,相対運動エネルギーの差として計算される。
はねかえり係数の範囲の導出
外部からエネルギーの供給がない通常の衝突において,系全体の運動エネルギーが増加することはない。つまり,失われたエネルギー は必ずゼロ以上( )でなければならない。 換算質量 および相対速度の2乗 はともに正の値をとるため, を満たすためには でなければならない。
また,はねかえり係数 は速さの比として定義されているため,常にゼロ以上の実数である。これらの条件を組み合わせることで,
という,はねかえり係数が取り得る値の絶対的な範囲が数学的に証明される。 とくに のとき となり,運動エネルギーが完全に保存される衝突(弾性衝突)となる。
落体の衝突と連続バウンド
落体の衝突と撃力近似
ある直線上を鉛直下向きに運動する落体Aの速度が となった瞬間に,同じ直線上を運動する速度 の落体Bに衝突し,その直後の速度がそれぞれ , となった。 このとき,重力の影響があるにも関わらず,はねかえり係数 は通常の定義式通りに次のように求めることができる。
空気抵抗は考えず,重力などの外力がはたらく状況での衝突を考える。物体A,Bそれぞれに対して,衝突している最中の運動方程式を立てる。物体Aが物体Bから受けた力を ,鉛直上向きを正として重力加速度を とすると,
となる。衝突にかかる極めて短い時間を とし,両辺をこの時間で積分して力積を求める。
ここで,衝突の瞬間に物体間で及ぼし合う力(撃力) は非常に大きく,それに比べて重力 は極めて小さい。衝突時間 が十分に短ければ,重力が及ぼす力積の項 は,撃力による力積 に対して無視できるほど小さくなる(撃力近似)。 重力の力積をゼロとみなして2式を足し合わせると,
となり,外力である重力が存在しているにも関わらず,衝突の瞬間においては近似的に運動量保存則が成り立つことがわかる。これと同時に,速度変化が純粋に内部の相互作用のみによって決定されるとみなせるため,はねかえり係数の定義式もそのまま適用することが正当化される。
はねかえり係数と高さ
物体を高さ から自由落下させて床に衝突させ,はね上がった最高点の高さを とする。このとき,物体と床とのはねかえり係数 は次のように求めることができる。
物体の質量を ,重力加速度を とする。空気抵抗を無視し,力学的エネルギー保存則を用いて衝突直前および衝突直後の速度を計算する。 床を高さの基準にとる。
落下を開始してから床に衝突する直前までの運動について,エネルギー保存則を立てる。衝突直前の速度の大きさを とすると,
次に,床に衝突した直後から最高点に達するまでの運動について,エネルギー保存則を立てる。衝突直後の速度の大きさを とすると,最高点では速度がゼロになるため,
床(静止した壁)との衝突においてはねかえり係数は で定義される。ここで求めた速度の2乗の比をとると,
両辺の平方根をとることで, が導出される。この式は,はねかえり係数を速度の測定なしに高さの比だけで求めることができる実用的な関係式である。
床と複数回衝突する物体(連続バウンド)
時刻 に,物体を高さ から自由落下させ,床との衝突を繰り返した。反発係数を (ただし ),重力加速度を とし,空気抵抗は考えないものとする。
回衝突後に物体のはね上がる高さ物体が 回目の衝突をした後にはね上がる最高点の高さ は次のように求める。
衝突と衝突の間の滞空時間高さ から落下し始めてから, 回目の衝突を経て高さ に達するまでの時間(1サイクルにかかる時間)を とすると,次のように求める。
物体の運動が止まる時刻バウンドを繰り返し,最終的に物体の運動が完全に停止する時刻 は次のように求める。
前項の「はねかえり係数と高さの関係」より,任意の 回目の衝突において,衝突前後の最高点の高さの比は を満たす。これを変形すると,
となる。これは,数列 が初項 ,公比 の等比数列であることを示している。したがって, 回目の衝突後の高さは初項から公比を 回掛けたものとなり,
が導かれる。
滞空時間 の導出
ある高さ から自由落下して床に達するまでの時間は,等加速度直線運動の公式 より と計算される。また,床から上方に打ち出され,最高点 に達するまでの時間も対称性から全く同じである。
ここで,高さ から落下し,1回目の衝突を経て高さ まで上昇するのに要する時間 を考える。 落下に要する時間を ,上昇に要する時間を とすると,
したがって, はこれらを足し合わせたものとなる。
一般の 回目のサイクル(高さ から落下し, まで上昇する時間) についても,落下時間は によって,上昇時間は によって決まる。
これを整理すると,
となり,各サイクルにかかる時間が導出される。これは初項 ,公比 の等比数列をなしている。
停止時刻 の導出
物体がバウンドを停止するというのは,無限回の衝突を終えた極限( )の状態を意味する。このとき であるため,はね上がる高さの極限は となり,確かに運動は停止する。 運動が完全に止まるまでの総時間 は,すべてのサイクルにかかる時間 を無限回足し合わせた無限級数の和として計算される。
この級数は,初項 ,公比 の無限等比級数である。公比の絶対値が より小さいため,この無限等比級数は収束し,その和の公式 を用いることができる。
これにより,物体は無限回のバウンドを繰り返すにも関わらず,有限の時刻 において完全に静止するという結論が数学的に導かれる。