2-1-1. 熱量
Quantity of Heat
温度と熱膨張
セルシウス温度と線形性の定義
標準大気圧下における水の凝固点を ,沸点を とし, のときの体積を , のときの体積を としたとき,水の体積が であるときのセルシウス温度 は近似的に次のように表す。なお水はセルシウス温度 に対して一定の割合で体積変化するとみなせるものとする。
導出温度 と体積 の間に線形な関係があると仮定し,定数 と を用いて一次関数の式 を立てる。このとき,定義の基準となる2つの状態の値を代入することで係数を決定する。
まず のとき であるから, が得られる。次に のとき であるから, が得られる。これらを元の一次関数の式に代入すると,任意の温度における体積の式が求まる。
この式を温度 について整理することで,体積の膨張の度合いを数値化するセルシウス温度の式が導かれる。
ここで注意深く観察すると,一つの疑問が生じる。温度計が体積の変化を利用して温度を測るものであるならば,温度によって体積がどれくらい変わるかを示す膨張係数を定義するためには,あらかじめ温度が決まっていなければならない。逆に,温度を定義するためには体積がどう変わるかがわかっていなければならない。これは一種の循環論法である。
この矛盾を解決するために,物理学ではまず「この物質のこの変化は,温度に対して完全に比例するものである」と,特定の標準物質に対して一つのルールを課す。この定義によって初めて,我々は温度という共通の物差し(座標系)を手にする。ひとたび温度という座標が決まってしまえば,あとはその物差しを使って,他のあらゆる物質の膨張の度合いを測定することが可能になる。こうして測定された物質ごとの応答の個性が,次項で学ぶ線膨張係数や体膨張係数という物性値となる。この手順を踏むことで,論理の破綻を避けつつ,自然界の熱的な性質を数値化していくことができる。
しかし,この方法で定められたセルシウス温度は,あくまで水や水銀といった特定の物質の個性に依存した暫定的な尺度に過ぎない。物理学が目指す究極の目標は,いかなる物質の性質にも左右されない,真に普遍的な温度の定義である。
実は,熱力学の学習の最後で扱うカルノーサイクルという理想的な熱機関の効率を用いることで,物質の種類に依存しない普遍的な熱力学的温度を一意に定義することが可能となる。しかし,その究極の温度の定義にたどり着くためには,まずこのセルシウス温度のような暫定的な物差しを使って気体の状態方程式などの基礎を固める必要がある。
このように,まずは不完全ながらも実用的な目盛りから出発し,徐々に自然界の普遍的な掟へと推理を進めていくアプローチこそが,熱力学という学問の持つダイナミックな面白さなのである。
セルシウス温度と線形性の定義
標準大気圧下における水の凝固点を ,沸点を とし, のときの体積を , のときの体積を としたとき,水の体積が であるときのセルシウス温度 は近似的に次のように表す。なお水はセルシウス温度 に対して一定の割合で体積変化するとみなせるものとする。
ここで注意深く観察すると,一つの疑問が生じる。温度計が体積の変化を利用して温度を測るものであるならば,温度によって体積がどれくらい変わるかを示す「膨張係数」を定義するためには,あらかじめ「温度」が決まっていなければならない。逆に,温度を定義するためには「体積がどう変わるか」がわかっていなければならない。これは一種の循環論法である。
この矛盾を解決するために,物理学ではまず「この物質のこの変化は,温度に対して完全に比例するものである」と、特定の標準物質に対して一つのルールを課す。この「定義」によって初めて,我々は温度という共通の物指し(座標系)を手にする。
ひとたび温度という座標が決まってしまえば,あとはその物指しを使って,他のあらゆる物質の膨張の度合いを測定することが可能になる。こうして測定された物質ごとの応答の個性が,次項で学ぶ「線膨張係数」や「体膨張係数」という物性値となるのである。この手順を踏むことで,論理の破綻を避けつつ,自然界の熱的な性質を数値化していくことができる。
熱膨張
任意のセルシウス温度 における固体の棒の長さを とすると,線膨張係数を として次のように表せる。 ただし, のときの長さを とする。
体膨張任意のセルシウス温度 における固体の体積を とすると,体膨張係数を として次のように表せる。 ただし, のときの体積を とする。
線膨張係数 は,「元の長さ に対する,温度が あたりに固体の長さが変化する割合」として定義される。これを微分を用いて表現すると,
となる。これは変数分離形の微分方程式であるから, として両辺を積分する。積分定数を とすると,
初期条件として, のとき であるから,積分定数は と定まる。したがって,
が導かれる。
体膨張の導出体膨張係数 も同様に,「元の体積 に対する,温度が あたりに固体の体積が変化する割合」として定義される。
これを積分し, のとき の初期条件を適用することで,
が導かれる。
線膨張係数と体膨張係数の関係
ある直方体の体膨張係数 は,その物質の線膨張係数 を用いて次のように近似できる。 ただし,固体は等方性(どの方向にも同じように膨張する性質)を持ち, は微小量であるとする。
温度 における固体の体積を ,そのときの辺の長さをそれぞれ とし,任意の温度 における体積を ,辺の長さをそれぞれ とする。 それぞれの辺は線膨張の式に従うため,
となる。したがって,温度 における体積 は,
ここで,線膨張係数 は一般に非常に小さい値(約 程度)であるため,その2乗以上の項 は無視できるほど小さくなる。 この近似を用いると,
となる。これを体膨張の定義式 と比較することで, という関係が導かれる。
力学から熱力学へ:なぜ熱力学が必要か
これまでの力学では,物体を「質点」や「剛体」として扱い,その位置や速度といったマクロ(巨視的)な状態を運動方程式によって記述してきた。しかし,我々の身の回りにある物質は,無数の原子や分子といったミクロ(微視的)な粒子から構成されている。これらの粒子は,静止することなく常にランダムな運動(熱運動)を続けている。
一個一個の粒子に対して力学の法則を適用することは原理的には可能だが,その数はアボガドロ定数(約 個/mol)に達する天文学的な数であり,すべての粒子の運動を個別に追跡することは現実的に不可能である。
そこで,この無数の粒子の集団が全体として示すマクロな性質,すなわち「温度」「圧力」「体積」といった統計的な物理量を用いて,系のエネルギーの出入りや状態の変化を記述する新しい物理の枠組みが必要となる。これが熱力学である。熱力学は,個々の粒子の詳細な運動に立ち入ることなく,エネルギー保存の法則(熱力学第一法則)や,熱の移動の不可逆性(熱力学第二法則)といった普遍的な法則に基づいて,系の振る舞いを予測する強力な理論体系を提供する。
セルシウス温度
標準大気圧下における水の凝固点を ,沸点を とし, のときの体積を , のときの体積を としたとき,水の体積が であるときのセルシウス温度 は近似的に次のように表す。なお水はセルシウス温度 に対して一定の割合で体積変化するとみなせるものとする。
条件より温度 と体積 の間に線形な関係があるとし,定数 と を用いて次のような一次関数の式を立てる。
この式において,定義の基準となる2つの状態(氷点と沸点)の値を代入することで係数を決定する。まず, のとき であることから,
が得られる。次に, のとき であることから,
が得られる。これらを元の一次関数の式に代入すると,任意の温度における体積の式が求まる。
この式を温度 について解くために,両辺から を引き,係数の逆数を掛ける。
これにより,物質の膨張の度合いを から の間の割合として数値化するセルシウス温度の定義式が導かれる。
熱力学という学問の入り口において,このセルシウス温度の定義を学ぶことには重要な意義がある。力学では物体の位置 を追跡したが,熱力学では目に見えない分子の熱運動の激しさを「温度」というマクロな指標で追跡しようと試みる。
セルシウス温度は,人類が熱という正体不明のエネルギーを数値化するために考案した「仮の目盛り」である。水という身近な物質の性質に依存しているため,一見すると物理学的な必然性が乏しいように感じられるかもしれない。しかし,様々な物質で温度を測る中で,科学者たちは「どの物質を使っても,温度を下げていくと体積がゼロに収束していく不思議な点( )」が存在することを発見した。
この不格好な「 」という数値を原点へと平行移動させ,座標変換を施したものが後に学ぶ絶対温度 である。セルシウス温度という相対的な住所を整理し,エネルギーの本質に直結した絶対温度を採用することで,バラバラだった気体の性質は というたった一つの美しい状態方程式へと統合されることになる。つまり,このセクションで学ぶ素朴な温度の定義は,熱力学における最も壮大な法則へと至るための推理の出発点なのである。
熱量と比熱
熱量と熱容量
物質の温度を だけ変化させるために必要な熱量を とする。このとき,その物体の熱容量 は次のように定義される。
熱容量 は,その物体が「どれだけ熱を蓄えやすいか」を示す指標である。単位は J/K (ジュール毎ケルビン)で表される。同じ物質であっても,質量が大きければ大きいほど,同じ温度変化を起こすためにより多くの熱量が必要となるため,熱容量は大きくなる。
比熱・モル比熱と熱量
質量 ,比熱 の物質の温度を だけ変化させるのに必要な熱量 は次のように求める。
モル比熱物質量 ,モル比熱 の物質の温度を だけ変化させるのに必要な熱量 は次のように求める。
比熱 は,「単位質量(1kg)あたりの物質の熱容量」として定義される。したがって,全体の熱容量 を質量 で割ったものに等しい。
これを熱容量の定義式 に代入すると, が導かれる。
モル比熱の導出モル比熱 は,「単位物質量(1mol)あたりの物質の熱容量」として定義される。したがって,全体の熱容量 を物質量 で割ったものに等しい。
これを熱容量の定義式 に代入すると, が導かれる。
熱量保存の法則
外部との熱のやり取りがない閉じた系において,温度の異なる複数の物体を接触させると,熱は高温物体から低温物体へと移動する。 このとき,高温物体が失った熱量 と,低温物体が得た熱量 の間には,次の関係が成り立つ。
この法則は,エネルギー保存則の熱的な側面を述べたものである。熱はエネルギーの一形態であり,外部に逃げたり,外部から入ってきたりしない限り,系内部での総量は変わらない。 高温物体が熱運動のエネルギーを失い,そのエネルギーがそのまま低温物体の熱運動のエネルギーとして与えられる,というエネルギーの移動プロセスを数式化したものである。
熱量測定と混合法
水当量 熱量計など,それ自体の温度変化も考慮しなければならない容器の熱容量を,それと同じ熱容量を持つ水の質量に換算した値を水当量 という。
混合法による比熱の測定 質量 ,温度 ,未知の比熱 の物体を,質量 ,温度 ,比熱 の水が入った水当量 の熱量計に入れたところ,全体の温度が で熱平衡に達した。このとき,物体の比熱 は次のように求める。
高温の物体が失った熱量 と,低温の水および熱量計が得た熱量 は等しい。
の式を立てて について解くと,上の式が導かれる。
混合法による融解熱の測定 融解点 にある質量 の固体(比熱は )を,質量 ,温度 の液体(比熱 )が入った熱量計(熱容量 )に入れたところ,固体はすべて融解し,全体の温度が の液体となった。この固体の融解熱 は次のように求める。
(※ は固体の初期温度) これは,熱量計と液体が失った熱量から,固体自身の温度上昇と融解後の液体の温度上昇に使われた熱量を除いた残りが,すべて融解のために使われたことを意味する。
熱と仕事の等価性
熱の仕事当量
熱量と仕事は,どちらもエネルギーの形態であり,互いに変換可能である。熱量 と,それと等価な仕事 の間には,熱の仕事当量 を用いて次の関係が成り立つ。
歴史的に,熱量は「カロリー(cal)」という単位で,仕事やエネルギーは「ジュール(J)」という単位でそれぞれ独立に発展してきた。ジュールの実験により,おもりの落下による力学的な仕事が,水の温度を上昇させる熱量へと変換され,その変換比率が常に一定であることが示された。 この変換係数が熱の仕事当量であり,その値は約 である。 現在では,熱もエネルギーの一形態であることが確立されたため,国際単位系(SI)においては熱量の単位も仕事と同じ「ジュール(J)」を用いることが標準となっており,その場合は として となり,両者は直接等価なものとして扱われる。